娘の話。
6年前、娘を産んだ。
人生初めての出産。
私って24歳で結婚したから、周りはみんなまだ仕事していてすごく孤独だった。
つわりも7ヶ月になるまでずっと続いて、体力的にもつらかった。
一日中気持ち悪い。
旦那さんは無口。
出かける用事はスーパーだけ。
話す相手はレジの人に「ありがとうございます」だけ。
まだパソコンも持っていなかったから当然ネットもつなげない。
後先考えても、こんな孤独だったのは、人生でこの時期だけだろうな。
まだ分からないけど(笑)
ある日、陣痛がやってきた。
間隔はまばら。
夜中だったので、朝になってお医者へ行った。
でも、まだ間隔が長いからって言われて家に帰された。
痛いのに。
その日の晩、痛いけどがんばって一人身最後のお風呂に入った。
また帰されるのはイヤだから、痛くて怖かったけど、
痛みのギリギリまで我慢して、次の日の昼にまたお医者へ。
間隔が少し短くなったから、、、と言って、やっと陣痛室へ入れてもらえた。
陣痛の痛みは半端ではなかった。
でも、看護婦さんが来るたびに
「3センチですねー」
と言われ、その日の晩も産まれなかった・・・
次の日。
いい加減昼くらいには産まれるだろうって思ったのに
「3センチですねー」
と看護婦さん。
そして、とうとう3日目の夜を迎えてしまった!
微弱陣痛と言えど、すごく痛い。
もうこのまま死ぬなーって思うくらい痛かった。
でも、やっと転機が訪れる。
「ぱっちーん!」
って大きな音がして、シーツがびしょびしょ。
破水した。
そこからはみるみるうちにお産が進んだ。
いきんでしまいそうなのを我慢するのがまた最高に辛かった。
あまりの辛さに出産寸前なのに暴れた(笑)
私が暴れているのを看護婦さんが見て、急いで分娩室へ連れて行ってくれた。
いよいよ出産!!!
おなかに赤ちゃんの心拍が分かるように、なんか付けられる。
どんな風に産まれるのかとドキドキした。
先生が来て、3回くらいいきんだら、、、
「頭でたよーーーっ!」
あっという間に産まれた。
出産は全然痛くなかった。
小さかったからね。2690g。
ちゃんと産声を上げてくれた。
私から産まれたばかりの赤ちゃんを、
「はいどーぞ」
っていって、ボスっと私のおなかの上に置き、
置いたと思ったら、あっという間に連れて行ってしまった。
カットした所を縫われ、綺麗に洗ってもらった赤ちゃんをもう一度私に見せてくれて、
その後歩いて病室へ戻った。
次の日、看護婦さんが私の所へ来てこう言った。
「赤ちゃんがミルクを飲まないで吐いちゃうんです。
出産中のストレスで飲まない場合もあるので、もう少し様子をみますが
直接おなかにチューブを入れて、ミルクを飲ませます」
ぼーぜんとした。
心配で心配で、入院中毎日泣いて過ごした。
私の産んだ赤ちゃんは、保育器の中で、鼻からチューブを入れられ、足から点滴をされ、目にはテープを貼られている。
産んでからまだ一度も抱いていなかった。
今思い出しても涙が出る。
保育器の小さな穴から、少しだけ触ることが出来たけど、ミルクを飲まないから、水分が足りなくて黄疸が強く出た。体は乾燥している。鼻の管には少し血が混ざっている。
ちゃんと産んであげられなかった自分を責めた。
結局私は先に退院することになった。
出産してから毎日、母乳を搾った。
退院してからも、母乳を搾った。飲んでくれることを一生懸命に祈った。
ある日、急に自分の力で飲みだした娘。
そしてみるみる元気になり、退院することが出来たのだ!!!
出産してから1週間以上、一度も抱けなかった娘。
やっと自分で抱いて、母乳を飲ますことが出来た。
すごくうれしかった。
その後、娘は母乳しか飲まない子で大変だったけど、すくすくと大きくなった。
6歳になるなんて、あの時は想像出来なかったなー。
赤ちゃんのころ、夢に見たことがどんどん実現していく。
一緒におしゃべりして、共通の話題で笑ったり、一緒にお買い物に行ったり。
あの頃はこんな日が来るとは思わなかった。
あおさんは、とっても思いやりのあるやさしい子。
頭が良くてがんばり屋、お勉強が大好き。
でも活発でサッカー選手になるのが夢。
「サッカー選手になって、金メダルもらうの♪」
っていつも言っている。
どんな大人になってもいいよ。
ママさんは、あおが何になろうとずっと応援するよ。
あおさん。
ずっとずっと、仲良しでいようね(^_^)
ママさんも、あおがお嫁に行って赤ちゃんを産むまでは
絶対に元気でいるからね!!!
いつもありがとうね。
大好きだよ。